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音鳴
音が鳴る。
 今日も僕はそれを木陰から覗き見る。

 中庭では、ダンスサークルがくるくると楽しそうに日差しを浴びている。
 ホップ、ステップ、ジャンプ。
 皆一様に、一揃いに、舞う。

 音が、鳴る。

 僕が普段聴かないような、電子音鳴るダンスソング。
 興味ないような振りをして、どこにも繋がっていないイヤホンを耳に差す。
 端子の先はポケットのなか。ミュージックプレイヤーは鞄のなか。

 楽しく鳴る音を盗み聞いて、弁当をつまんで横目に彼女を探す。

 日差しの真ん中で踊る、彼女の姿を。

 真っ白な細い腕と細い首。
 しなる背中に軽やかに空を舞う足先。

 僕はいつも日陰からそれを見ている。
 木の陰に隠れて、暑い日差しを受ける彼女を見つめる。
 冷たく、黙って、音のない世界を装いながら盗み見るのだ。

 やがてサークルの練習も終わって彼女はいつも通りタオルを肩にかけて……

 ん?

 いつもならまっすぐ部室棟に向かうのだが、今日は校舎に用があるのかいつもとは別方向に歩いてくる。
 僕がいる、木陰の方へ、まっすぐと。この先にある、校舎口目指して。

 とはいえ、まぁ、僕のことなんか知りもしないだろうし、ただ、何事もなく通り過ぎるだけだろう。
 と、弁当に向き直る。
 でも、なんだか味がしない。
 早く彼女が過ぎることを祈りながら、僕はただ、うつむいて米を口に運ぶ。

 と、ぼと、と目の前に白いものが舞い落ちる。

「あ、ごめんね」

 明るい声。

 ぱっと顔を上げれば、彼女の姿。
 いつも首に巻いているタオルがない。
 そうか、と目の前のそれを拾い上げて、

「はい」

 と、渡す。
 暗いところでうつむいていた僕には、逆光で彼女の顔も見れない。

 眩しく目を眇める僕の手からタオルが抜ける。
 受け取った彼女が笑った吐息が聞こえる。

 ふと、彼女が身を屈めた。
 日差しが遮られて、僕は初めて彼女の顔を見る。

 まっすぐ僕の目を見て、名前も知らない彼女が言う。

「音成(おとなり)くん、いつも見ててくれてアリガト」

 そう囁いて、離れていく。

 頬が熱かった。
 でも、気づかないふり。
 全部、日差しのせい。

 日差しの真ん中で踊る、彼女のせい……――


 今日も、音が、鳴る。

 僕はイヤホンを外して、日差しの中を歩き始める。


 ――了

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【2016/06/28 15:38 】 | 掌編 | 有り難いご意見(0)
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