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  • » 2025.01
imaginary rain
きみと肩を並べて歩く。

 ひとりきりの帰り道。
 いつだったか、いつから、ひとりではなくなったのだろうか。
 それは、もう、思い出せないほど昔のはなし。

 今日も重たい鞄を抱え、あまつさえ疲れに沈む体に傘を携えて歩く。

 今日の話題は、昨日から始まった鏡の展覧会のこと。

「昨日から始まった展覧会のことだけど」
「ああ、あれね。鏡の展覧会」
「そう、面白そうだよね」
「そうだね」
「なにが映るんだろう」
「それはなんでもだよ」
「きみも映るかな」
「僕は行かないから映らないさ」

 はた、と立ち止まる。
 空気がしん、と静まり返る。

 道往く人が立ち止った僕を怪訝そうに見ては過ぎていく。

 時は流れていく。

「……一緒に来てくれないの?」
「僕とじゃあ、つまらないよ」
「つまらなくなんかないさ」
「つまらないよ。絶対に」
「それでもいいんだよ」
「それじゃ駄目だよ」
「……どうして?」

 きみは言い淀む。
 その逡巡を僕は知っている。
 彼が何と答えるか僕は知っている。
 知っているけど聞きたくなくて、でも、聞く。

「全部なかったことにしてさ、ひとりでいきなよ」

 ――それは多分、別れの言葉だったんだろう。

 その言葉を問いただす時間はなく、僕は後ろから知らない呼び声に呼ばれた。
 おおきな、おおきな、悲鳴のような声。
 
 車のタイヤがあげる、断絶の金切り声。

 とっさに鞄で頭をかばう。
 強い衝撃が僕を襲う。

 なんとなく、僕はひとりでよかったのだと思った。

 こうして事故に遭っても誰も巻き込まない。
 道路に投げ出された傘がぽつん、と悲しげにしているけれど、ただそれだけだ。

 ただ、それだけで、誰も何も喪っていない。
 
 強い衝撃があったけれど、ただそれだけで、幸いにして車は止まったらしい。
 事故は大ごとにならず、僕も、たいして怪我もしていない。

 周りの人がばっとかけよってくる。
 そのなかにはクラスメイトや委員会の人など見知った顔もいた。

 皆一様にほっとした顔でこちらへ話しかけてくる。
 そのなかにひとり、そっと僕の鞄を差し出してくるひと。
 有りがたく受け取って中身を確認する。

 携帯も、電子辞書も、体操服のおかげなのか無事だ。
 ほっとひといき吐く。

 あとは下に沈んだ教科書類だけだけど……
 
「あ」

 あと、もうひとつ。
 僕にとって一番大切なものが入っている。

 それは、絵本だ。
 僕がずっとむかし、記憶にないほど昔、両親が僕に作ってくれた“僕”の物語。
 その当時、生まれた子どもの名前を入れる絵本をつくることが流行だった。

 渡されてからずっと、大切にしていた。

 探す。
 大切な“僕”の姿を。

 そして、とっさに頭をかばった鞄のなか。
 僕が子供のころからずっと大事にしていた“僕の本”が、奥の方でぐちゃぐちゃになってその姿を晒していた。

「……“僕”?」

 問うても、いつもの声は聞こえない。
 いつも当たり前にいた、友達の声が聞こえない。

『全部なかったことにしてさ、ひとりでいきなよ』

 あれはきっと、「全部なかったことにしてさ、ひとりで“生”きなよ」と、言っていたのだと、ふと気づく。
 
 それはきっと。

 たったひとりの友人だった彼を殺してしまうこと。

 それが彼の望みだったこと。
 僕はそれを望まなかったこと。

 その後悔に、頁を綻ばせた本を抱いて、雨の中、僕は泣いた。


 ――了


 お題:イマジナリーフレンド

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【2016/06/27 13:59 】 | 掌編 | 有り難いご意見(0)
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