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夏の夜の悪夢
 鮮やかな声で、女が嗤う。

「ねぇ、久しぶり。まだ生きてるの?」

 その声は嬲るような響きを持っていて、それでいて子供のような無邪気さを合わせもつ透明な声だった。
 彼女はずっと、そうだった。
 ずっとこうやって嗤って、俺たちを揺らす。

「ねぇ、今カノジョとかいるの?」

 いないよ。

「ならさ、私とかどう?」

 冗談はやめてくれ。

「嘘じゃないよー? 本気なんだけどなぁ」
 
 そんなこと言って、今までの男たちのように俺のことも捨てるつもりなんだろう?

「えー、わたしそんなキャラ?」

 キャラとかじゃなく、本当のことだろう?

「みんなが私を捨てたんだってぇ。私来るもの拒まず去る者追わず、だし?」

 ……去る者、ねぇ。お前が関わった男たち、皆死んでるのにか?

「…………」

「貴方のこと、本当に好きだったよ……さよなら」
 
 電話越しの声が遠い。
 掠れていく吐息。
 静かになる通話口。
 
 全て悪い夢だと思いたかった。

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【2013/06/20 00:16 】 | 掌編 | 有り難いご意見(0)
夜色夜伽
 蝋燭1本の儚い炎が暗い室内を照らす。
 その片隅の簡素なベッドの上、肌の白い男が横たわっている。

「王よ、具合はいかがですか?」

 そう問いかけるのはベッドに横たわる男とよく似た面差しの青年。
 異なるのは赤く染まった右目だけ、とでも言えるほど良く似た青年だ。

 彼は淡々と自らの主君の傍に立ち、冷めた瞳で身動きしない男を見つめていた。

 分かっていた。
 彼の王が――彼の父が、けして長くはないことを。

 少し動くだけで裾の長い黒いローブが床に擦れる。
 夜色の衣服の向こう、王に従うものとして、そして息子として考える。
 きっとすぐにでも、王たる証としての白い衣服を着る日が来る、と。

 今までは王の陰として、従者として、夜色の服を着て影のように付き添っているだけだった。
 しかし、そうはいかなくなる。
 父が崩御すれば、王と同じような服を着る日が来る。

 静かな寝息を聞きながら、返ってこない返事を想う。

「碧」

 艶やかな声が耳朶を打つ。
 呼ばれた名は黒衣の彼のもの。

「母さん」
「あの人は……まだ起きないのね」

 薄く細めた瞳で女は彼の姿を哀しそうに見た。
 艶やかに着飾って、艶やかに笑って、鮮やかな声で、彼女は哀しそうに言う。

「もう、あの人は目覚めないのね」

「……ごめん」

 何を言えばいいのか分からなかった。
 母は、彼の王のことを本当に愛しているのに、彼にはどうすることもできない。

 どうしてあげることもできない、のに。

「いいの。いいのよ……」

 彼女は嗤って白の王、ではなく、黒衣の体を抱きしめる。
 その仕草は息子に対するもの、というよりも……

(……代用品になれというのか)

 言外に伝わる想い。
 その縋りつくような手に、眩暈がする。

(俺もまた、あの人と同じになるのか)

 服だけではなく、その役割まで。
 そう思ったら、吐き気がした。

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【2013/06/08 00:07 】 | 掌編 | 有り難いご意見(0)
鬼ごっこ
 金切り声が暗い室内に響く。

「やめてくれ!」

「ふふふ……貴方が悪いのよ?」

 女は美しい笑みを浮かべ、男に詰め寄った。
 そして、掲げるように鉈を捧げる。
 その瞳はただ優しく、慈母のように、それでも悪魔のように笑っている。

「私は貴方に全て捧げたわ。全てを、よ。
 なのに貴方は私に何もくれない。優しさも、口づけも、操も、何もくれないの。
 わたしは私はわたしは私は私はワタシはワタシはワタシハ……」

 狂ったように哄笑をあげる彼女に、男はひきつった笑みを浮かべた。

「お前、おかしいよ」

 彼のその怯えきった低いつぶやきに、彼女は笑う。
 艶やかに笑って見せる。

「貴方のために狂えないぐらいなら、死んだ方がましよ」

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【2013/05/20 22:02 】 | 掌編 | 有り難いご意見(0)
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