鮮やかな声で、女が嗤う。
「ねぇ、久しぶり。まだ生きてるの?」 その声は嬲るような響きを持っていて、それでいて子供のような無邪気さを合わせもつ透明な声だった。 彼女はずっと、そうだった。 ずっとこうやって嗤って、俺たちを揺らす。 「ねぇ、今カノジョとかいるの?」 いないよ。 「ならさ、私とかどう?」 冗談はやめてくれ。 「嘘じゃないよー? 本気なんだけどなぁ」 そんなこと言って、今までの男たちのように俺のことも捨てるつもりなんだろう? 「えー、わたしそんなキャラ?」 キャラとかじゃなく、本当のことだろう? 「みんなが私を捨てたんだってぇ。私来るもの拒まず去る者追わず、だし?」 ……去る者、ねぇ。お前が関わった男たち、皆死んでるのにか? 「…………」 「貴方のこと、本当に好きだったよ……さよなら」 電話越しの声が遠い。 掠れていく吐息。 静かになる通話口。 全て悪い夢だと思いたかった。 PR |
蝋燭1本の儚い炎が暗い室内を照らす。
その片隅の簡素なベッドの上、肌の白い男が横たわっている。 「王よ、具合はいかがですか?」 そう問いかけるのはベッドに横たわる男とよく似た面差しの青年。 異なるのは赤く染まった右目だけ、とでも言えるほど良く似た青年だ。 彼は淡々と自らの主君の傍に立ち、冷めた瞳で身動きしない男を見つめていた。 分かっていた。 彼の王が――彼の父が、けして長くはないことを。 少し動くだけで裾の長い黒いローブが床に擦れる。 夜色の衣服の向こう、王に従うものとして、そして息子として考える。 きっとすぐにでも、王たる証としての白い衣服を着る日が来る、と。 今までは王の陰として、従者として、夜色の服を着て影のように付き添っているだけだった。 しかし、そうはいかなくなる。 父が崩御すれば、王と同じような服を着る日が来る。 静かな寝息を聞きながら、返ってこない返事を想う。 「碧」 艶やかな声が耳朶を打つ。 呼ばれた名は黒衣の彼のもの。 「母さん」 「あの人は……まだ起きないのね」 薄く細めた瞳で女は彼の姿を哀しそうに見た。 艶やかに着飾って、艶やかに笑って、鮮やかな声で、彼女は哀しそうに言う。 「もう、あの人は目覚めないのね」 「……ごめん」 何を言えばいいのか分からなかった。 母は、彼の王のことを本当に愛しているのに、彼にはどうすることもできない。 どうしてあげることもできない、のに。 「いいの。いいのよ……」 彼女は嗤って白の王、ではなく、黒衣の体を抱きしめる。 その仕草は息子に対するもの、というよりも…… (……代用品になれというのか) 言外に伝わる想い。 その縋りつくような手に、眩暈がする。 (俺もまた、あの人と同じになるのか) 服だけではなく、その役割まで。 そう思ったら、吐き気がした。 |
金切り声が暗い室内に響く。
「やめてくれ!」 「ふふふ……貴方が悪いのよ?」 女は美しい笑みを浮かべ、男に詰め寄った。 そして、掲げるように鉈を捧げる。 その瞳はただ優しく、慈母のように、それでも悪魔のように笑っている。 「私は貴方に全て捧げたわ。全てを、よ。 なのに貴方は私に何もくれない。優しさも、口づけも、操も、何もくれないの。 わたしは私はわたしは私は私はワタシはワタシはワタシハ……」 狂ったように哄笑をあげる彼女に、男はひきつった笑みを浮かべた。 「お前、おかしいよ」 彼のその怯えきった低いつぶやきに、彼女は笑う。 艶やかに笑って見せる。 「貴方のために狂えないぐらいなら、死んだ方がましよ」 |
忍者ブログ [PR] |