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連作掌編『花一華』更新開始しました
というわけで、タイトルの通り。

 花一華 ←作品ページに飛びます

連作掌編『花一華(はないちげ)』の更新を創作ブログにて始めました。

毎週金曜日15:00更新で全5回になります。
まず1回目は1月27日、次回は2月3日となります。

ひとりの恋多き少女「花いちか」の、その周りの人々にフォーカスした1話完結型の連作になります。
1話毎に完結しますが通して読んでいただけると「花いちか」という少女の全貌を伺えると思いますので、どうぞお楽しみにー。
どの話も「花いちか」は主人公にならないですし、メインで出てくることもないですが。

1話<評>は花いちかのクラスメイト、
2話<恋>は花いちかの現在の恋人、
3話<隣>は花いちかの恋人の後輩、
4話<戯>は花いちかの恋人の親友、
5話<真>は花いちかの親友の物語、となります。

全5話を通して、彼ら、彼女らから見た「花いちか」の物語としても楽しんで頂けたら幸いです。

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【2017/01/27 15:52 】 | 雑記 | 有り難いご意見(0)
名づけと読み解き


職場では上を鉄パイプが走っているし、街中はビルや電線で四角く切り取られているので、こういうただの青空がすごく貴重に思える今日この頃です。

 *****

今、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』を読んでいます。

はるか昔に絵本では読んだことがあったものの、文庫版の原典を訳したものを読むと当時とは異なった側面が見えてきて面白いですね。
寓話なので、説教的な面も宗教的な面もある。
むかしは「めでたしめでたし」で良かったものが、自分のなかでそれだけでは終われなくなったり。
大学は経済学部だったため、資本主義と宗教は切り離せず、宗教の成り立ちや考え方についてもそれなりには勉強をしていました。
おかげで『幸福な王子』の裏側に敷かれている志向が分かるのが面白い。

というわけで、『幸福な王子』を下敷きにひいた話を書こうとしていて、今は繰り返し一生懸命読んでいるところです。
大体こういうのが実を結ぶのが一年ぐらい後ですね(遅い)
のんびりやります。のんびりすぎるけども。

で、そのお話の主人公の名前を今考えているところで。

プロット立てのときはずっと「ツンケン天邪鬼系男子」と呼んでたせいで、もうなんかそれが自分の中で定着しつつあって名前を考えられないという。
ちゃんと考えてあげたいんですけどね、さすがに。
相手役の女性の名前も考えなきゃいけないので、さて、どうしようかな(笑)

某ゲームのディレクターさんが主人公の名前を付ける際に「名前は願いだから、よく考えてつけて愛してあげてほしい」という話をされていて、ああ、なるほどなぁ、と思ったのですが。
どんな立ち位置であっても、たとえたったひとつの話のなかで終わってしまう存在だとしても、名前を付けるからにはきちんと意味をあげたいなぁ、なんてことを思ったりもします。

とはいえ、この話はもうちょっと長く展開できそうな構想でいるので、使い飽きない名前にしよう……
せっかく原典もあることだし、うまく関連付けられたら面白いんですけどね。
まぁ、『幸福な王子』には、王子の名前など、欠片も出てこないわけなんですけども。

そうそう、『幸福な王子』なのですが、むかしは「愛情深い王子が善意をばら撒く物語で、最後はツバメと一緒に楽園で幸せになれるはなしだなぁ、哀しいけどハッピーエンドだなぁ」と読んでいたのですが、今改めて絵本じゃないもので読み返すと表情が異なっていて怯えています(笑)

幸福な王子は生前城のなかから出たことが無くて、壁の向こうの不幸など何一つ知らないままで若くして死んだこと、死後に像になって城の外に出て不幸な人々を知ったこと、それってつまり「死んでから『幸福』だったことに気付いた王子ってこと?」と思って震えました。
王子自身も「快楽が幸せであったのなら、わたしは幸せだった」と言っているので、生前は幸福という感覚さえ知らないまま幸せだった可能性がある……

その不幸のなかで、そこから救う手だてとしてツバメに剣のルビーや瞳のサファイア、体にまとっていた金箔を貧しい人々に分け与えるわけですが「これが大学時代に勉強した隣人愛というものか……」とさらに震えます。
神を愛し、自分自身を愛し、それと同じぐらい隣人のことも愛さなければならない、という旧約聖書の教えを実行しようとする王子、その使者のツバメ……
童話というよりは、やはり教えを含む寓話なわけですが、下敷きにある文化を知った後に読むと、キリスト教圏では日本で読まれているのとはやっぱり違う意味があるのかな、なんて思ったりもします。

そして、物語の最後、王子の鉛の心臓とツバメは塵の山に捨てられ、「町じゅうで一番貴いものをふたつ持ってきなさい」という神の命により町へやってきた天使に拾われるわけですね。
そして、そのふたつを持ってきた天使は「お前の選択は正しかった」と神に言われる。
つまり初めから正解があったもので、だから初めから一番をふたつ。
間違ってたらどうなってたんだろう……

そこから神はツバメは「神の庭」で永遠に歌い続けるようにし、王子は「神の黄金の町」で神を褒め称えるようにする、という終わりかた。
穿ちすぎじゃなければ、この二人は会えなさそうな感じ……

キリスト教ではこの世は仮の世で、死後に審判を経て復活した暁には神の作った楽園に行って永遠の命を得る、という教えもありますし、そこから考えれば日本で言う「めでたしめでたし」なんでしょうけど。

知識として知っていても馴染みがある考え方でもないので、なかなかうまく飲み込めないままここ数日考えております。
まぁ、物語っていうのは人によって見える側面が違って面白いですよね。

 *****

そんなこんなで、上記の話とはまったくべつですが創作ブログのほうで短期連載を始めます。

連作掌編で、一話完結型かつ連載型で、ひとりの少女の恋にまつわる物語を展開します。
週一更新になりますのでまったりお付き合いいただければ幸いです。
今週金曜日からスタート。
よろしければまたお付き合いくださいませ。それでは。

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【2017/01/24 16:12 】 | 雑記 | 有り難いご意見(0)
色を失った隠者と色が分からない作者

創作ブログのほうで掌編「Colorless Hermit」を公開しました。
美術部に所属する3人の男子高校生のある放課後のこと。
絵を描くことに揺れる、ある少年の物語の欠片です。
どうぞよしなに。

今回の掌編は右上の色素薄いやつが主人公です。
ちょっと緑っぽい薄い水色の髪の毛してるはずなんですけど、わたしの目じゃ見えてないからなんとなくで塗ったやつです。

今回の掌編のタイトル「色の無い隠者」になってますけど、気持ち的には「色を失った隠者」です。
この場合はlessじゃなくてloseなのかな……過去形だからlost?
まぁ、キャラクター的に「無色の隠者」でも間違ってはないので、あのままでいいか。

彼のキャラクター設計自体はわたしですが外見設計はある方にお願いしたものなので、私だったら確実に塗らない色でキャラクターを作ってもらえたなぁ、と思っております。
あまり表に出ての活動をしてる方ではないので名前出していいのか分からんのですが、この方のキャラクターデザインが大好きで4年近く前にお願いしたんですよね。

本当は小説の挿絵をお願いして、それでキャラクター外見もお願いしたわけですが……
自分の就活がままならなくて、そのままうまく始動させられずに流れちゃったんですけどね……
機会あったら再開をしたいですが、時が流れてお互い社会人になっちゃったので、まずは相談から再スタートになりますね……
過去の自分をぶん殴りたい。書けるときに書いとけ。後悔するぞ。

プロットは完成した状態であるし実際あとは書くだけなので、今年の夏あたりから一気に書こうかなぁ、と思っております。
公開の形がどうなるにしろ、まずは書き上げるところからスタートしないと意味がないし。

どちらかというと流れちゃった話が本編で、中編ぐらいの長さ。
今回の掌編の未来の話。そのうち公開できるように準備したいと思います。



ついでなので、描いてもらったはいいものの、キャラの色が分かってない作者のぐだぐだ話。

まず前提に色覚異常がある。
でも、色覚異常ってそう珍しいものでもなくて、日本人男性の20人に1人は色覚異常だっていう話なんですよね。学校ならクラスに一人ぐらいはいる可能性がある、って思うと、決して少なくない。
女性はそれに比べたらずっと少ないみたいだけど……
程度の問題もあるし、本人が気付いているかどうかはともかく。

なにせ、自分がずっと「青」だと思ってたものが、20年越しに「いやそれ紫だよ」ってツッコまれる目に、今まさに遭ってますからね。
「緑」だと信じてたものが「赤」だったりしますからね。
いちいち「これは何色だよね」って日常生活で確認する会話なんかほぼないから、実は気付かないところでそういう齟齬って生まれてるんじゃないかと思う。
たとえば晴れた日、「綺麗な空だね」って話はしても「綺麗な”青い”空だね」って当たり前すぎて言わないんじゃないかな。

私はあまりこれで日常困ったことはないんですが……いや、あるか、信号機の赤と黄色の見分けがしづらいな。青は見えてるし、場所で分かるけども。
うむ。このとおり、人によっては信号機の色が見分けがつかないし、たとえば学校の黒板で先生が大事なところを赤で書いたり黄色で書いたりするのも見分けがつかない。
こういう人は日常で問題があるから気付くし、自覚があるから気を付けて生活してると思うんですよね。

軽度ならほぼ支障なく生活してるんじゃないかな。
多少他の人と思い描いた色に差があったとしても、「青」って聞いて空の色を思い浮かべる人がいれば、沖縄の海を思い浮かべる人もいるし、日本海の海を思い浮かべる人もいるし、さらにはサファイアみたいな濃い色を思い浮かべる人もいるだろうし。
その違いを色覚異常とは言わないし。
そのなかに埋もれて、そうやって気付かないまま生きている人もいるでしょう。

私は幼稚園の時に絵画教室の先生に気付いてもらってから自覚して生活してるんですが、色なんぞちゃんと見えていないのに中高と美術部に所属してたし、今も懲りずに落書きをして生きているわけです。
色覚異常でもカラーパレットを覚えて見えてない色も塗れるひともいるわけだし、まぁ、人ってちゃんと適応しますよね。すごいなぁ。

なんかだんだん何が言いたいのか自分でも分からなくなってきました……

うーん、なんといえばいいのか分からないんですが、自覚してたら自覚してたでいろいろ気にしすぎちゃって見えてない色はなんとなく避けちゃうし、その点、人様に頼ったら自分じゃやらないことが普通に出てくるので感動するなぁ、ってことを思い出した、ってだけの話です。

今回、上の絵を描くのに前に頂いたデザイン絵を引っ張り出して眺めてたら、これは自分じゃやらないし、やれないんだよなぁ、と思ったのです。
描いてもらったけど、自分じゃこの子の色は分からなくて。
それは少しさみしいけど、そうやって少し自分から離れたところにいる子が刺激になるな、と。

そんなことを、記憶の片隅にずっといた男の子に教えてもらったのでした。

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【2017/01/20 16:18 】 | 雑記 | 有り難いご意見(0)
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